あかがねプロ野球ニュース 第115球

  • 2020.04.23 Thursday
  • 23:43

今週は久々にガッツリと野球の話題。

プロ野球を語る上で外せないのは

助っ人外国人。今週からしばらく

外国人の話題をやります。

 

まずは外国人の人数から。

        支配下登録   出場人数

1952〜65   3     3

1966〜80   2     2

1981〜93   3     2

1994〜95   3     3

1996〜97  制限なし   3

1998〜01  制限なし 投2・野2

2002〜    制限なし   4

  (但し野手4人、投手4人は不可)

 

年によって変わりますが、昔は外国人に

頼らないから今は随分変わりました。

1993年には阪神がオマリー、パチョレックに

加えて郭李投手を獲得して全員使いたいが

外国人枠のために使えずに、選手の頭文字から

PKO問題とも言われましたね。

支配下登録できる外国人が増えてからはとにかく

たくさん獲って使える奴を使おうという

感じになりました。もちろん、バリバリの

メジャーリーガーという選手もいましたが

必ずしも結果を残したかといえばそうでない

ケースもありました。

 

ちなみに、国籍が日本人でなくても

日本人扱いをするケースもあります。

。鞠以上日本に居住で、中学・高校・

専門学校に3年通った場合。

■鞠以上日本に居住で、大学に

4年通った場合。

5年以上日本に居住で、社会人を

3年間経験した場合。

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獲得した翌年以降。

テ本人に帰化した場合。

はほとんどないのですが、

,鉢い結構います。

 

さて、それでは振り返りましょう。

まずは中日から。

70年代はマーチンが活躍。

80年代は後に日本人に帰化する

郭源治投手をはじ、モッカ、ゲーリーなど

往年のファンには懐かしい名前が。

1988年にブライアントが入団しますが

いわゆる第3の外人問題で試合に

出ることができず、近鉄に温情トレード。

そして、近鉄での大活躍。そういえば

昨年もオリックスにモヤを温情トレード。

歴史は繰り返される。

93年に入団したA・パウエルは3年連続

首位打者を獲得。更に96年に入団した

宣銅烈は韓国プロ野球から日本に来て

最初に活躍した選手といえるだろう。

4年間で負けが4つと絶対的守護神。

このあたりから中日には韓国人選手が

多く入団してきますが、李ジョンボム

くらいですかね、あと活躍した選手は。

2000年に入団したオーストラリア人の

ディンゴはいわゆるお騒がせ外国人で

シドニー五輪に出るという約束で契約。

強打の捕手という触れ込みでしたが

捕手で出たのは1試合。期待された

ホームランも横浜での場外ホームラン1本のみ。

2000年代前半はバンチやギャラードという

優秀な投手を獲得。中頃にはアレックスや

横浜から移籍のウッズを獲得して

落合ドラゴンズの黄金期を迎えます。

2009年からチェン、ブランコ、ネルセンと

安定して活躍する選手を獲得。

こうして見ると安定していい外国人が

入団している印象です。

 

続いて阪神タイガース。

僕は見ていない時期でしたが70年代の

ラインバックはいい助っ人のようです。

そして83年にはあの伝説のバースが入団。

最初は17打席ヒットが出なかったり

守備に難ありでファーストしか守れないなど

ありましたが、85年86年と2年続けて

三冠王を獲得するという偉業を達成。

日本シリーズで胴上げ投手になったゲイルや

エースの活躍をしたキーオもこの頃です。

バースの代わりに獲得したジョーンズは

全くの期待外れ。しかし、翌年入団の

フィルダーはホームラン王を獲得。

その後、メジャーでも大活躍とNPBが

産んだメジャーリーガーとしても有名。

90年代はこれまた優良外国人のオマリーや

大洋からパチョレックを獲得。

上述のように郭李投手とのPKO問題が発生。

ようやく3人使えるようになったものの

パチョレックの代わりにと獲得した

ディア―が驚異の三振率.396と期待は外れ。

この頃からバースの再来と言われる選手が

ことごとく外れという気がしております。

97年にグリーンウェルは開幕直後に

自打球を当てて骨折して「神のお告げで

引退しろと言われた」という名言と共に

チームを去った。

2000年に来たタラスコもバースと同じ

斧で木を切るトレーニングをしていたと

いうことで期待値こそ高かったがそこまでの

活躍を見せることはなかった。ただ、

地下足袋トニーと呼ばれファンには愛された。

2003年の星野政権で優勝に貢献したのは

ムーア投手。打撃が得意で得点圏打率が

異様に高くまさしく9人目の野手。

オールスターの一塁手部門で3位に入った。

アリアスも活躍した。

2005年の岡田タイガースを支えたのは

JFKの一角を担ったウィリアムスと

広島から獲得したシーツ。

その後はボーグルソン、ダーウィンなど

数年いた選手は居るものの目立った活躍は

なかった。2009年のメンチは頭の大きさが

話題になり、トミーズ雅とどちらが大きいか?

などとそんなネタばかりが先行した。

ただ、西武から獲得したブラゼルがバース以来の

40本以上のホームランを放つ。

2010年からのメッセンジャー、マートンは

優良助っ人。

ダメ外国人が多い印象の阪神だが、こうして見ると

いい外国人も多かった。

 

そして、読売ジャイアンツ。

81年に入団したトマソンは132三振を喫し

舶来扇風機やトマ損、害人などマスコミに

滅茶苦茶叩かれた。

83年84年はスミス、83年のクルーズは

日本シリーズでサヨナラホームランを放った。

84年からは巨人最強の外国人、クロマティが

7年間活躍しファンにも愛された。

88年からはガリクソンと呂メイシが入団。

90年代頭はメジャー経験のあるブラッドリーや

バーフィールドを獲得も1年で退団している。

94年には外国人としては珍しい1番を打った

グラッデン。ヤクルトとの乱闘で骨折するなど

印象には残った外国人選手。

95年からは2年間メジャーバリバリの

シェーン・マックを獲得。生で見た打球では

マックのホームランが一番えぐかった。

そして、この頃から数は獲るも本当に

使えない選手が多かった。さすが金満球団。

96年から5年在籍したガルベスは

チーム初の外国人開幕投手を務めたり

ホームランも放つなど活躍もあったが

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