宮殿工場での見本市へ。
中での撮影ができなかったので、
せめて外観だけは、と撮影しました。
日本食研さんといえば、焼肉のたれに始まり
ドレッシングや調味料など多岐にわたって
商品の販売をされております。
今回はそれに加えて、加工品を数多く
見ることができました。
トンカツや唐揚げなど、下処理はできており
油に入れて揚げるだけ。本当に美味しく
家にずっとストックを置いておきたいくらい。
5月発売の新・ドレッシングが非常に美味しく
これはうちにも置きたいと思います。
何も商品の画像がないので説得力に欠けますが
さすがは日本食研さん、と感激しました。
]]>野球の話題に終始しました。
各球団、練習試合という形でオープン戦に
先駆けて実戦形式の戦いを行っております。
アレンパに注目が集まる阪神はいきなり
対外試合初戦でほぼ昨年の日本シリーズと
同じような豪華なメンバーを揃えてきました。
6安打4得点とチャンスに得点を重ね、
決勝点は小幡選手の内野ゴロと抜け目なく
1点を獲りに行きました。これには岡田監督も
自分の役割をわかっていると褒めてました。
一方、安打こそ出たものの今季に飛躍が
期待される前川選手には辛口のコメントを。
というのも、盗塁のサインが出ているにも
かかわらず1ボールからの2球目のファースト
ストライクを簡単に打ち上げてアウトになった。
ヒット打ちたい、ヒット打ちたいだけではダメ。
チームに対してのアピールというのは、
こういう場面でちゃんとランナーを走らせてこそ。
1ストライクから2ストライク目を見逃すというのは
大きな犠牲を払うかもしれないが、ファーストストライクを
見逃すというのはそれはチームに対してのアピール。
なるほど、そういうことなのだ。
もちろんヒットやホームランというのはアピールには
なるけれど、そういうチームに対する貢献度と
いうのは一軍と二軍の当落線上にいる選手に
とっては必要なこと。
岡田監督のイズムというのは本当に素晴らしく
阪神に限らず他球団の選手もインタビューを
読んでほしい。「おーん」とか「そらそうよ」
みたいな言葉ばかり面白がって取り上げるけど
野球の本質を見ているのは岡田監督と中嶋監督。
そして、就任1年目の阿部慎之助巨人監督。
サムスンとの練習試合では11−3と快勝。
しっかりと動きました、と盗塁やバントの
サインをかなり出していたようです。
晩年の原監督は泰然自若な印象でガツガツ
サインを出している感じではなかったですね。
何かと比較をされてしまいそうな阿部監督ですが
自分のカラーを出して、原監督とは一線を
画したいような印象を感じました。
昨年のドラフト1位、3〜5位の4選手が
出場して即戦力の期待に応えていました。
阪神が強いのはドラフトで獲得した選手が
しっかりと活躍していること。
巨人も水野雄仁さんがスカウト部長に
なってからはドラフトで指名した選手が
本当に活躍してくれています。
ドラフト1位で2年連続くじも勝っているし
ルーキーがしっかり下から突き上げて
中堅選手の尻に火をつけてもらいたいです。
外野のレギュラーがまだ全く白紙とのこと
ですが、ベテランの丸選手や長野選手が
いいキャンプを過ごしてます。
佐々木、萩尾といった評価の高い選手や
昨年ブレイクした秋広選手もいます。
そろそろ覚醒してほしいオコエ選手もいるし
結構、メンツは揃っていると思うので
強い外野を作ってもらいたい。
センターはできれば固定してほしい。
]]>その会場は中華料理の東風さん。
新居浜で中華料理といえば、個人的には
ここの東風さんか興慶さん。
次々と美味しい料理が出てきました。
この春巻きの網目状の皮が絶妙でした。
その後も続々と出てきまして、炒飯だけ
撮影を忘れました(*_*;
この日もお客さまで満杯のお店。
美味しい中華食べるなら是非。
]]>やっぱり、鍋にして食べるのがいいだろうと
いうことで鴨鍋にしました。
以前に食べた時に妙にクセがあるように
思ったので、それから敬遠してましたが
今回は入手から早めに内臓を抜く処理を
してくれていたおかげですごく新鮮で
めっちゃ美味しかったです。
もも肉は少し歯応えはあるものの、
旨みがじゅわ〜っと口の中に広がりました。
出汁は兵四郎のあごだしを使っており
すごく美味しかったです。
肉の味もありますが、出汁の味は大事。
昔の記憶で毛嫌いしている食べ物も
ありますが、意外と今食べてみたら
美味しいと感じるものも多いと思います。
まずは一口食べてみる、それが一番大事!
]]>バレンタインのプレゼントをいただきました。
皆さん、お酒を中心にありがとうございます。
これで半月はビールを買わなくてすみますね(笑)
美味しそうなお菓子もたくさんありますので
嫁さんと娘と仲良く分けながらいただきます♪
]]>
火曜日のあかがねプロ野球ニュースでは
愛媛マラソンの話を1時間させていただきました。
https://drive.google.com/file/d/1WrPYoHxfn1cayIRCZzWK-Gz888Dy5R7Z/view?usp=drivesdk
よければ、こちらもお聞きください。
ちなみに、ドラクエウォークをずっと
WALKモードにしておりましたら
初の1日50,000歩越え。
さすがに、もう1日やれと言われると
大変な歩数です(笑)
あとは数字で見る愛媛マラソン。
25キロくらいまででへたってたのを
200人ほど追い抜いて最後はフィニッシュ。
40キロを超えて最後のスパートを
かけることができてるのはランナーズハイ。
改めて、頑張ったなぁ自分。
]]>あとは13分以内に1.5キロ弱を走ればよいだけ。
とはいえ、最後の関門を突破した時のダッシュの
代償があまりにも大きく、左のふくらはぎが
ピクピク痙攣を起こしていたのが分かった。
「くそー、もう走りたくねーよ!」
思わずでかい声で叫んでしまった。
こんなに長い1.3キロなんてどこにもない。
ただ、そんな自分の最後の力になったのは
沿道にいた高校生のボランティア。
むちゃくちゃでかい声で
「ジャイアンツ、最後まで頑張れ!」
「俺もジャイアンツファンよ!」と
声をかけ、手を出してくれる。
最後に奮い立つ気持ちとしては十分だ。
そんなグループがいくつもある。
最後の最後でこのマラソン一番の感動は
ジャイアンツが得点した時に流れる
“VIVA、GIANTS”を歌ってくれた
男の子がいたことだった。
『VIVA、GIANTS 輝ける男たちよ
VIVA、GIANTS 美しき男たちよ
光る大地を駆け抜けろ〜!』
彼との距離はどんどん離れていくが、
それでも僕の耳には彼の大声がしっかり届いた。
魂が震えました。本当にありがとう。
しんどくてじゃなく、感動して涙が出ました。
もうそれだけで色々と十分でした。
足の痛さなどどこにもない。
スピードは上がらないが最後まで歩くことはない。
このまま走ってゴールしてやろう。
今までランナーズハイという感覚が分からなかったが
多分、あれがそうだったのかな?みたいなのは
何度があった。ただ、これだけはハッキリ言える。
今回、感じたこれは間違いなくランナーズハイだと。
城山公園のお堀の周りの方から「あと2分!」の声が。
もう目の前にゴールは見えている。
あの42キロの表示を超えて公園の入り口の
カーブを曲がれば今までの全てが報われる。
既に1分を切るカウントダウンが聞こえる。
高橋尚子さんが「残り30秒、急いで〜」と
ランナーに最後の声援を送っている。
密かに高橋さんと手を繋いでゴールすることを
夢見てちょこっと手を出したが、手を振られて終わり。
え〜、まじで?まぁええわ、あとゴールまで10メートル。
自然と握り拳を作ってしまう。
最後は手を高々と掲げてゴールイン。
5時間59分42秒。18秒前のゴールでした。
何度、やめようと思ったことか。
何度、走るのが嫌になったことか。
そうだ、全てはこの瞬間のためだった。
そしてかけられる完走の証しのタオル。
そう、全てはこのために!!!
そういや、途中でスマホを全く見ていなかった。
家族から何か来てるかな?と思ったら
別のグループラインのやり取りが100件を超えていた。
走っている途中では見れなかったが、最後の僕を
すごく皆さんが応援してくれていた。
ああ、1人で走ってるんじゃなかった。
こうやって見えない力も後押ししてくれたんだ。
会社でもゴールのシーンを皆で見てくれていたようです。
今回もジャイアンツオレンジのユニフォームで
走ったわけですが、まずは大好きなジャイアンツの
ユニフォームカラーが愛媛マラソンのオレンジということ。
あとは、「ジャイアンツ、頑張れ〜」と言ってもらえること。
たくさんの方が「頑張れ〜」と言ってくれるのですが
「ジャイアンツ」とつくということは自分のための応援。
そういう意味で、何か特徴のあるものを着て走るのは
沿道の方からの声援をいただきやすい。
毎回、思うのですが、被り物をして走っている方々って
本当に凄い。ただでさえこんなにしんどいのに
それにプラスして何キロも頭に乗せたり身に着けたりして。
ミニオンの恰好をして走っていた二人には唖然としました。
途中、並走してた時もあったんだけどなぁ。
もっとすごいのが晩餐館のバン子ばりの恰好で走っていた人。
25キロくらい走ってたけど、あれでそんなに走れるのは
本当に半端ない。
ピッコロ&フリーザ、すごい女装して走ってる方。
そして、最後、共にゴールしたマツケンサンバの
衣装を着た方。何だかんだで25キロ付近から
この方と一番抜いたり抜かれたりしたと思います。
ゴールした後、広場で会った時に「一緒にゴール
できましたね」と思わず握手しちゃいました。
5時間弱できっちりゴールして、その後
南海放送のスタジオで話していた鳥生くん。
最後は全然でしたよ、とは言いつつも
しっかり結果残しましたね。
この後、新居浜まで送って帰ってもらいました。
本当にありがとう。
有名人にこんなことしてもらって罰が当たるわ。
戦い済んで日が暮れて。
足はバキバキですが、それでも何ともいえない
充実感が漂っております。
やっぱり、一人では走れません。
周囲に誰かがいるから。見えないところから
応援をしてくれる人がいるから。
何よりも5,000人を超えるボランティアスタッフの
方が素晴らしいおもてなしと応援をしてくれるから。
本当に本当にありがとうございました!!!
参加したランナーそれぞれに1万通り以上の
ストーリーがある。どのストーリーも
当人にとってはかけがえのないものだ。
1位でゴールした人も最終最後でゴールした
僕も走った距離は同じ。感じたことは
違っても見た景色もほぼ同じだろう。
また1年後、伊予路で新たなる1万通りの
ストーリーが刻まれる。
そこに、来年こそは笑顔でスタートラインに
立ちたいものだ。
長編に渡り読んでいただいた皆様、
ありがとうございました(^^)/
]]>登りの坂を列になって走るランナーたち。
ただ、そのほとんどは走りを止められて
歩く人たちばかり。
歩くべきか少しでも走るべきか?
心に火を点けてくれた背番号10は既に
遥か遠くの彼方へ行ってしまっている。
その時、隣を走る先輩後輩のような
2人組の女子の声が聞こえてくる。
「足が痛いと思ったら意識がそっちに向いちゃうよ」
それを泣きそうな顔で聞きながらうなずく
もう一人の女の子。しんどくはあるし
足も痛いが、泣くほどしんどいと思ってるか?
そう考えたらまだ余力残ってるやん、俺。
その子たちも登り坂では足をためて
下りになるタイミングで行こうと決めているようだった。
ならば、その作戦、俺も乗らせてもらおう。
長い坂の登り、はやる気持ちを抑えて足をためる。
よし、下りだ。思ったよりも足は出る。
ぶっちゃけ、ここから先は歩いたらアウト。
平地に入って37キロを通過。
坊ちゃん団子などは余っていない。
ほとんど食べ物を食べることができなかった。
遅い自分がしゃあないと思いつつも
エネルギーに変わるものは欲しかった。
あとは水分の補給だけしっかりやろう。
残り距離が1桁になってからは1キロ減るごとに
あとこれだけ、と思うことができている。
たかが5キロとはいえ、それまでに
走った距離を考えるとされど5キロなのだ。
38.3キロの第9関門は15時29分までに
通過なのだが、辛うじて3分前に通過。
とはいえ、まだ最後の関門が残っている。
ここまで来て関門に止められてたまるか。
ずっとプレイリストで流してきたマラソン
スペシャルメドレーも5周目に入っている。
途中で流れている曲すらイヤホンを通じて
耳に入らない時間もあった。
だが、残り少なくなってきてその音も
耳に入ってくるようになった。
だがしかし、「please chargeing」の
音声が流れる。え、残りあと30分くらいで
充電切れですか?じゃあせめて今聞いている
絆ノ奇跡だけ全部聞かせてくれ。と
最後の一曲を聞いて自分を振るい立たせる。
横を走る記録の方が「完走いけるよ」と
大きな声をかけてくれる。
ここまで来て完走できなきゃ何のために
39キロも走ってきたと思うんや。
最後の関門まであと1.5キロ。
だが、この1.5キロが本当に長い。
松山でもよく見る景色を見ながら走るが
それでも流れていく景色は遅い。
まずい、ここまでか?
沿道から「関門まであとちょっとや!」
と声がかかる。隣を同じペースで
走っている女性がいる。
「ここまできたらあそこは一緒に抜けましょう!」
何だろう、それまで全く別に走ってきて
この関門直前に一緒になった方なのに、共に
目的を達成する同士としてこのマラソン
1番の連携が生まれた。
『残り20秒』声が聞こえる。
大丈夫、まだ抜けられる。
15時47分の関門を抜けたのは
15時46分50秒。まさにギリギリの突破。
SLAMDUNKの名シーンの拳タッチが自然に出る。
あのタイミングでここを抜けた人にしか
分からない気持ちの共有であった。
後ろで惜しくも超えることのできなかった
方たちが『ここからは歩道を歩いて帰ってください』
と言われている。ここまで走ってきて
最後の最後の関門でマラソンを終えるのは
忸怩たる思いだろう。
とはいえ、直前の関門前のダッシュで
ふくらはぎはもう痙攣を起こしていた。
]]>ただ、折れた心を元に戻すというのは
よっぽどのことがないと難しい。
Kitkatで心が戻りそうな気がして、再び走り出す。
とはいえ、後半の平田の坂のことを
考えるとさして容易なこととは思えない。
しかも、このタイミングで長い長い
折り返しのあの直線道路。
そういえば、ここの最後にpascoの
パンがあったが前回は食べれなかった。
ちらっと工場前を見たが、ポンジュースしかない。
今年もpascoのパン終わってるやん(*_*
それだけで気持ちが萎える。
前回、確かこのあたりで温かいスープを
差し入れしてくれた方が居たのだが
今年は居ない。。。
さっき、戻りそうだった心は軽くまた折れる。
もういいやん、半分超えて25キロは
行けるっしょ。そういや30キロくらいに
関門があるからそこで止められてもいいや。
うん、もう歩こう。周りを見ても皆、歩いてる。
ふー、今年のマラソンはこの辺までか。
まぁピッチも上がらなかったし、体調で
いえばあまりいいコンディションじゃなかった。
練習だとしても10キロ走ったらやめてたかな。
そもそも、何でこんなにしんどい思いを
してたっけ?完走目指して楽しみます?
そんなきれいごとを言ってた時もあったなぁ。
ほんと、色んなことがどーでもよくなった。
そんな時にかなり早い段階で
追い抜いた日本代表の中村俊輔の
背番号10番のユニフォームを
着た二人組が横を駆け抜けていった。
追い抜いた時には、このペースだったら
完走難しいかなぁ?と思っていた二人。
え、あの子らめっちゃ頑張ってるやん。
たぶん、あのペースながらずっと
歩かずに走ってきたのだろう。
そうだ、前回のマラソンの時の自分は
「たとえ人から歩いていると思われても
自分の中で歩かない」ということを
実践して完走できた。
本番の時に調子がベストやない人って
俺だけやないし。何をへたってんねん?
気持ちだけでも負けたらあかんやろ!
25キロを過ぎた。本番前まではここまでしか
走っていない。そういやあの時にこの後
12キロ以上も走れるわけないと思っていたが
沿道の人の声援があれば何とかなると思ったはず。
背番号10の二人の背中を見て完全に消えかけた
胸の炎に火が灯る。もしかしたら、俺も
誰かの心に火を灯せるかもしれん。
もう、弱音を吐くのはここで終わりや!
このタイミングで最後方の“ランナー救護車”と書いた
車とすれ違った。その後ろを走るランナーは居ない。
もう、俺の後ろは1キロもない。
SLAMDUNKの彩子さんの書いた”がけっぷち”
あれが頭をよぎる。
その直後、どこに行っても長蛇の列だった
トイレが待たずに行けた。後方だからこそ
待たなくてもいい。そこはメリットだ。
自分が思っていたよりも大量の水分が
排出されていなかったことに気付く。
どうも感じていた違和感の一つはこれだったのか。
トイレから道路に戻り、踏みだした一歩が力強い。
足の痛みはとっくに限界を過ぎている。
こうなったら精神力の戦いだ。
とにかく関門だけはクリアしよう。
関門までの残り距離と時計を見て
どのペースならいけるのか?かなりペースが
落ちる平田の坂が再びやってくるが
やってやろうじゃねぇか!
そんな気持ちを軽く吹き飛ばしてくれる
強風が27キロ地点手前からやって来た。
もう心など何度も折れてきた。
折れるもんなら折ってみやがれ。
開き直りは必要で、ここからの1キロの
通過具合はそんなに遠いものとは感じない。
32キロ付近になると登りが増えてくる。
ここは焦らず登りはペースを落とす。
何なら歩いてもいい。ただし、登りさえ
超えてしまえばあとは歩かない。
気持ちは前向きなものの、ペースは
なかなか上がらない。34.8キロの関門を
通過できたのは約8分前。
着実に関門の締め切り時間は迫ってきている。
そして、一番の難関の登り坂が見えた。
]]>行きはそこまででもないはずなのに、序盤から
平田の坂の登りに悪戦苦闘。
これ、帰りの登りに耐えられるのか?
やばいかもしんない、と思いながらも
7分半くらいのペースで推移。
このペースで30キロまで行けば、
終盤にちょっとしたアドバンテージが
できると思っていたが、少しずつ落ちるラップ。
エアーサロンパスの最初の投入は10キロ手前。
出し惜しみしてもしょうがないとはいえ、
さすがに早すぎるか?どうなのか?
7年前の記憶を呼び起こそうとするも
どうだったかなどなかなか思い出せない。
そういえば左足の甲が何か痛い。
今までに痛みを感じなかったところが
痛くなるとさすがに焦る。
平地では1キロごとの通過が体感通りだが
山になるとその距離感が狂う。
実はこのあたりの1キロって長くね?と
あらぬ疑いをかけてしまう。
汗もほとんどかかないし、体温も上がらない。
何となくトイレに行きたいような感覚が
並んでいた時からあったのだけれど
どこのトイレも長蛇の列。
今、足を長く止めてしまうことの恐怖が勝って
今回もトイレに行くことはできない。
沿道のお家やお店のトイレに飛び込むことが
できればどれだけ楽だろうと思いつつ
それでも給水ポイントで水やスポーツドリンクは
飲むだけは飲んだ。水分は補給しないといけないが
これだけ汗かかないのに水分を出せないことに
どうしたものかと考える。
そして、脱いだ帽子と手袋をずっと手に
走っているのもどうにも気になる。
これをゴミ箱に捨ててもいいものか?
ともに安く買ったものなので使い捨てで
いいとは思うのだけれど。。。
ちなみに、本当に後ろの後ろを走っていたので
水やスポーツドリンクは数に余裕があるが
飴は既になくなっている。取り損ねた
飴が地面に転がっているが、さすがにそれを
取って食べるのも気が引ける。
仕方なく塩を思いっきり一掴みして口の中へ
入れるが、それは自爆行為で、その後の
水を3杯くらい飲むことに。
ただでさえ過剰な水分補給が増えてしまう。
フジの夏目店の前でこのマラソン最初の
食べ物の補給が。バナナです。あー、美味い。
南海放送のリスナーさんのいる府中の歩道橋を
超えるところ(15.5キロ)で、大勢と
ハイタッチをしました。
「もう終わってもええかな?」と本気とも
嘘とも取れる言葉が出る。
実はもう足が半端なく痛かった。
ここまでの距離が3分の1。あと3分の2も
さすがに走れないわ。
知り合いのところまで走ったし、あと5キロで
ハーフマラソンの距離。これは実はフルでなく
ハーフだったと思えばそれでいいやん。
よっぽど心臓が苦しくなったりしない限り
自分からリタイヤさえしなければそれでもええやん。
悪魔がたくさん囁いてくれます。
17.5キロのところに本当ならば一六タルトが
あるはずだったのですが、後方のランナーには
予定数が出払ってしまっていてありつけない。
ふざけんなよ、同じ参加料払ってるのに
食べられないってどういうことだよ。
あー、甘いもの食べたいのにまた塩かよ。
もう塩はいらねーよ。沈みがちの僕に
沿道の子供がカゴに何かを入れて立っている。
おー、これはチョコレートじゃないですか。
口の中に広がる甘味。そうよ、俺の身体が
欲していたのはこの甘さよ!
長い坂と2つのトンネルを超えて再び平場に。
ちょっと手前で帽子と手袋をゴミ箱に捨てて
手に何も持たない状態になっていた。
それだけでずいぶん変わってくる。
しかし、ちょうど折り返しのところに
くるまでにちょっとした登りが。
それもあって、7分ペースが8分になり
中間のラップは約10分ペース。
そういえば、関門の時間が少しずつ
迫るのが早くなってきている気がする。
20分しか余裕がなく2時間52分45秒。
スタートの12分を差し引いても3時間20分で
残り21キロちょいを走れるのか?
そもそも最初の10キロくらいはスタート後で
疲労を感じず走れたのに・・・。
もういいや、今回は完走は無理だ。
ここで一度、大きく心が折れた。
前回はハーフを走ったところでも
まだ心身共にかなりな余裕があっただけに
それから考えると、今回の消耗具合は
ちょっと異常ともいえた。
本当は平田の坂の帰りの35キロ地点で
心折れるからそこで食べようと思っていた
レース前にお守り代わりにいただいた
Kitkatを早くもそこで食べてしまった。
食べながら「いや、この状態から
ゴールとかできたらすごくね?」と
折れた心がひょっとしたら戻るかもしれない。
淡い期待は私を切り裂くことはないと思う。
]]>最高峰のGブロックは号砲が鳴っても
なかなか進まない。
10分が過ぎようとするころにようやく
列が動き始める。そして、スタートゲートを
通過した頃には既に12分を過ぎていた。
今回のゲストの浜口京子さんを中心に
愛媛マラソンのマドンナ・高橋尚子さんと
愛媛のレジェンドランナーの土佐礼子さんに
見送られて出発。
さすがにこの後は写真を撮る余裕などなく
レース開始後に撮った最初で最後の一枚です。
坊ちゃん列車の汽笛に後押しをされて
気持ちのよいスタートが切れました。
前回はスタートして500mも経たないうちに
右足が痙攣しそうになった苦い記憶があります。
そこは慎重に、慎重に。
スタート直後ということで沿道にはまさに
鈴なりという言葉がぴったりの人の波・波・波。
西一万交差点に抜けるまでのところで
昨日の勝負飯を作ってくれば真部くんが
立ってくれていて、この大会最初のハイタッチ。
実はその直後に永江孝子さんがいらっしゃったのですが
何も言えずに駆け抜けてしまいました。
この大きなカーブがいわゆるフォトポイント。
笑顔で大きく手を上げてカメラ目線。
そして、ここからが本当のスタート。
周囲がまだまだ団子で動いているので
自分のペースとかそういうものが全く
掴めません。横の兄ちゃんたちが
「いつまでこのペースなんやろう?」
「そろそろばらけるんちゃう?」
と会話をしている。
高橋尚子さんがマラソンの入りは
こんなに遅くてもいいの?くらいで入ってね、と
言っていたのを思い出してとりあえず
2キロまではこの集団の中でのリズムで
走ることにしようと考えた。
ちなみに、この日のプランとしては
いけそうでも絶対ピッチを上げ過ぎない、
自分のこのペース、というのをしっかり守ると
いうものにしていた。
雨の影響で身体がやっぱり冷たい。
カッパを羽織っていたものの、今まで
カッパを着て走るという経験がなかったので
違和感が凄い。帽子も被ったことなかったし
手袋はすでにかなり濡れている。
2キロを超えて、3キロ4キロと進む。
恐らくもう雨は降らないか、もし降ったら
仕方ないわとカッパを脱ぐ。
カッパを脱ぐと腕の辺りの感覚が全く変わる。
そうそう、こんな感じ。
ただ、半袖だとちょっとやばかったので
岸田選手愛用のアームウォーマーの
ありがたさをこの上なく感じていた。
5キロくらいまでの時に、何となく
ペースがつかめてきて、今日のマラソンを
楽しもうと思ったことを思い出した。
実はこのマラソン中に唯一楽しいと思い
この時間なら続いてもいいと思えたのは
この1キロくらいだけだった。
北環状交差点の入り口を通過する6キロ地点、
ここからがいよいよ本番だ。
ここまでは平地だが、少しずつアップダウンが
出てくる。身体は正直で、少しでも登りを
感じると急にペースが落ちる。
過去にこのあたりで歩くことなんて
なかったのに、登りでは歩くことを選択する。
下りと平地ではなるべく歩かないようにと
思ってはいるのだけれど、惰性で歩くことも。
過去2回と違う。少しだけ暗雲が立ち込めてきた・・・。
]]>昨日からの天気予報がレーススタートから
12時くらいまでが雨の予報。
しかも雷を伴う雨予報で、雨上がりの後は
強風が吹くとのこと。心境としては
名探偵コナンの江戸川コナン君の
「やってやろうじゃねぇか」と眼鏡の
レンズがキラリと光ります。
4時半には起きて、ひとっ風呂浴びて
精神を集中します。目を閉じると不安が
よぎりまくるのですが、ここまできたら
やるしかないでしょ。
Youtubeを見ながらテーピングで膝と
ふくらはぎと足首をしっかりと固めます。
膝には練習中からずっとつけてきた
サポーターもつけてがっちり保護できました。
初期の頃は膝も結構痛くなりやすかったけど
このサポーターのお陰で不安はすっかり
無くなった。昨夜のおかえりなさいで
パックに詰めてもらったチャーハンと
三越で買ったパンを朝食で食べる。
今までは結構、朝は軽めにしてましたが
今回はかなりがっつりといただきました。
まだ、時間が早かったですが7時過ぎには
ホテルをチェックアウトして会場へ向かう。
今回はカッパを着用するので、半袖のシャツで
出ようと思ってましたが少し寒い。
今は色んなものが売っており、腕だけをカバー
できるアームウォーマーを購入。
販売のお兄さんが僕のジャイアンツのユニフォームを見て
「これ、岸田選手も使ってくれてますよ」と。
気分は岸田選手で臨めます。
そして、かなり早い時間だったので
無料テーピングサービスのブースも
30分待ちで受けられます。
足首もテーピングしていたのですが、
海南大付属との試合の赤木剛憲ではないが
「テーピングがゆるい気がする・・・」と
思い、足首のテーピングをお願いしました。
僕が用意していたのよりも倍くらいの
サイズのもので足首をしっかり固定してくれた。
地面を踏んだ感覚がさっきまでと全く違う。
学生時代にサッカーをやっていた時に
右足首を捻るのが結構癖になっていたので、
練習の時でも足首をしっかり固定していないと
何か不安だったがその要素も取り除けた。
もうこれで準備は万端。
せっかくなので、出走前に一枚。
こう見ると自分の腹の出具合が大変なことに気づく。
ゲートが開いてブロックに入る。
同じブロックにいても、前と後ろでは
数分の違いが出る。ならば少しでも
時間を稼ぎたいのでできるだけ前に。
9時の段階でまだ雨は落ちていない。
スタートセレモニーが始まっていよいよ
気分も上がってくる。
スタートまであと20分。
ここで雨がパラパラ・・・。マジか・・・。
もうこうなったら雨でも槍でも降りやがれ!
幸い雨はパラパラ程度。これなら何とかと
思いつついよいよスタートです!
やっと次で本編スタート(^^;)
]]>鳥生くんの車で松山に向かう。
迎えに来てくれる前に、南海放送の
「井坂彰のサタデーライブ」に出演して
マラソンの話をしていた。
実は井坂さんも5回出場経験があり、
途中にリタイヤしてランナー送迎バスに
乗った経験があるそうです。
そのバスの中でリタイヤしたおじさんが
「わし、今、バスの中よ。練習してなかったら
やっぱりいかんわい!」と誰かに電話を
していたというのを面白おかしく話していた。
ただ、バスの中の空気は悪いことをしてないのに
すごく重い空気感が漂っているらしい。
できることならそのバスには乗りたくないが、
もしかしたら今回はバスの世話になるのか?
やっぱり不安はつきまとう。
早々に受付を済ましてホテルにチェックイン。
前の日の夕食というのはなかなかに大事。
初マラソンの時に作ってくれた勝負飯が
大変美味しかった、二番町の
「小さな居酒屋 おかえりなさい」で
今回も勝負飯を作ってもらうことに。
おかえりなさい名物の鉄板ホルモン
きゅうり焼きは食べないと、ということで。
そして、これがマスター・真部くんのオススメ勝負飯。
おこわ風梅炒飯。少し多めに頼んでしまったので
翌朝の朝食に回そうとパックに入れて持って帰りました。
もうすっかり眠くなってしまったので、ホテルに
帰るやいなやすぐにベッドに入りました。
前日の夜はこうして更けていきました。
]]>忘年会シーズンということで、どうしても
飲みすぎてしまうがその分、走ればいいやと
安直に思ってはいたのだがそこで落とし穴が。
右足のヒラメ筋に今まで感じたことのない
激しい痛みが走った。少しでも走ると
ものすごい違和感があり走るどころでなかった。
ただ、そこで体重を絞る別のトレーニングや
ウォーキングをするという選択肢もあったが
先月ちょっと頑張ったから、と何もせずに
思いっ切りサボりました。
夜、外でご飯を食べる回数は増え、少しだけ
変化を見せていたシルエットはすぐに元に
戻ってしまった。
右足の痛みがいつ再発するか?はたまた左足にも
同じことが起きてしまうのではないか?
そう考えると練習を再開する気持ちはほとんど
出てこなかった。時間だけは過ぎていく。
12月はまともに走った日はほとんど無いに
等しかったような気がします。
年明け、これではいけないと元日に
滝の宮公園を走る。ただ、やはり足への
不安は拭えない。
その夜に愛媛県の外科業界でかなりの
権威を持つ友人と同窓会で会って
「ヒラメ筋がやばいんよ、どうすればいい?」と
聞くと「湿布貼っとかんきん」との回答。
え、もうちょい何かアドバイスないん?と
思ったが、結果的にこの湿布を貼るというのが
一番いい結果になり、あの激痛が嘘のように
なくなって少しずつ調整ができはじめた。
ただ、それまで朝早く起きて走っていたが
朝の寒さで目が覚めても二度寝してしまい
走ることのできない自分への甘さが出てしまう。
休みの火曜日には走っても、それ以外が少ない。
体重ははっきりいってほとんど変わっていない。
さすがにやばいとは思いながら、15キロ走と
25キロ走は実践した。それだけの距離は何とか
走ることはできたが、それ以上の距離を走る
気力はなく、本当に何とかなるのか?という
不安だけは抱えながらいよいよ前日を迎えることになった。
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